David Grubbs "The Thicket"

 シカゴ音響派、というジャンルがある。

 ジャンルという言葉はアレルギーを起こしがちだが、シカゴ周辺に特定の傾向を持ったミュージシャン達の緩やかな繋がりがあり、彼らの作り出す音楽をシカゴ音響派という言葉で括った、という風に捉えて欲しい。そもそも「音響派」なるターム自体日本発祥であるというし、あまり厳密な定義は無いのだ(英語版WikipediaではChicago Post Rock sceneと呼称されている)。

 緩やかな繋がりと述べたが、非常に人の繋がりが複雑なのもこのジャンルの面白いところだ。David Grubbsは、今のソロ活動をする前は元Sonic YouthのJim O'roukeとGastr del Solというバンドをやっており、さらに遡るとTortoiseのJohn MacEntire、元TortoiseのBundy K. BrownとBastroを、ハイスクール時代はSlintのBrian McMahan、Britt WalfordとSquirrel Baitというバンドをしている。まさに錚々たる面子であり、その今一地味目な存在感も含め、文字通り台風の目と言いたいようなミュージシャンだ。

 Gastr del Solの片割れJim O'rourkeがSonic Youthへの参加や"Eureka"のリリース等、ポップ、更に言えばポピュラリティへと接近していった様に見えるのと対称的に、Grubbsのソロワークは派手さがなく、よく言えばブレない、悪く言えば地味で取っ付きにくいものが多いと思う。"Guess at the Riddle"とかはまあ聴きやすいけど、何故かやりたいことをやった結果こうなったという感じがするのは不思議だ。俗っぽいのを承知で言えば、GrubbsとO'rourkeの関係はジョンとポールの関係に似ていると思う。

 さて、このThicketというアルバムは、Gastr del Solのラストアルバムであり、もっともJim O'rourke色の強いとされるCamoufleurと同時期にリリースされており、音もどことなく似ている。特に後期のGastrは、アメリカーナ的なものと現代音楽の幸福な融合を模索していた様に思えるが、バンジョーのつま弾きとバタつくドラムスはミニマルな酩酊を誘い、ブルーズのようにメジャーとマイナーは入り交じり微妙な調性感を作り出す。ホーンズやストリングスのラインが交錯する様は土着の狂気が混じったハッピネスを称揚するようでもあり、アブストラクトな室内楽の様でもある。一言で言うなら、カントリーのモダンな再解釈だ。

 こうして素早く様々に展開する音楽は離れた記憶を刺激し、混ぜ合わせていくのだが、散漫な印象は受けない。核となるのはやはりGrubbsの歌とギター、そしてピアノだ。彼の音楽にはエアリー、空気の様なという言葉がぴったりくる。ギターは空気を撹拌し、と思うとあまりに優しいストロークがほのかに空間を彩色する。ピアノは控えめな、しかし弱々しくはない、塊の和音によって微妙な陰影をもたらす。Grubbsは決していわゆる歌の上手いミュージシャンではないと思う。しかし彼の裸の声は、テンション感の強いメロディラインと相まって、心地よく、少し奇妙な浮遊感をもたらす。柔らかく掠れる一本の太い線の様な彼の声は、微妙な音程のズレですら心地よく思わせる。

 このアルバムは、Grubbsの作品の中でも、実験性が非常に軽やかに、無駄無く音楽性へと昇華されていると思う。地味な作品ではあるが、愛聴している盤だ。

 

The Thicket

The Thicket